数多くの出会い、きっかけに導かれた、幸運な現在。
CANALIZE meets Akio Mitobe|HBNS(ハバノス)

2018.10.05

ファッションを愛する

野球少年。

 

———小さい頃からのことを教えてください。

 

生まれたのは、東京の中目黒でした。ただ、2、3歳の頃、記憶も曖昧なうちに、福井県の関西寄りの敦賀市に移り、そこで高校まで過ごしました。高校時代は野球に明け暮れる野球少年でしたね。ファッション誌が好きだったので、『POPEYE』や『Checkmate』等幾つかの誌面に目を通し、時々、大阪まで出かけて、当時人気のあったナイロンというショップなどを巡り。服を買って地元に戻ると、自分なりに精一杯のおシャレをして、自転車を乗り回してたりしていました。高校を卒業して、とりあえず地元を離れたいという気持ちで、専門学校に進むことに決め、旅行好きという訳でもなく、ただ入りやすいという理由だけで、神奈川の観光ビジネス系の専門学校に入学して。まずは、平塚のあたりに住むことになりました。

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———ファッションの世界に入ったきっかけを教えてください。

 

「ファッション誌に出てみたい」、そんな気持ちだけで、ある雑誌の編集部に「ファッションの仕事をしたいんですが」というような漠然とした内容で電話したら、そんな不躾な行動を、面白がってくれたのか、後日、編集部から声をかけていただき、スナップ、読者モデル的な扱いで、誌面の目立つところで使っていただけたんです。そんなことを通じて、徐々にスタイリストさんや、編集者、ライターさん、ショップ等の方々など、ファッションの世界の方との交流が始まりました。ただ、田舎出身の、どちらかというと不器用な性格もあり、すぐにそんな人達とファッションビジネスを始められる訳もなく、飲食店で働いたり、他のアルバイトをしながら、しばらくはフリーターのように過ごしていました。

 

———それから、ご自身の会社の設立へ?

 

仲間内でTシャツを作って販売したり、趣味の延長のようにファッションに携わっていたのですが、30歳頃になって、もう少しビジネスとしてきちんと向き合いたいという気持ちになり、まずは営業力、交渉力を身につけようと、ファッションとは無縁の通信機器を扱う商社に就職して、2年ほど営業マンとして働きました。そこでなんとなくビジネスというものの枠組みを理解したのと、営業としても結構優秀な数字を残せたこともあり、退社して自分の会社を作り、まずは、他のブランドのアイテムの生産を請け負うOEM事業からファッションの仕事をスタートさせました。

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Interview & Text YASUSHI FUJIO
Photo MOTOYA SAHARA

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