ニューヨークに、そしてニューヨーカーに愛された家具デザイナー。
CANALIZE meets Takeshi Miyakawa | takeshi miyakawa design 宮川 剛

2018.11.16

飛行機模型、建築、そして家具作り

 

—お生まれは日本ですか?

 

東京生まれなのですが、3歳の時に父の仕事の関係で、1年半ほどプエルトリコに住むことになり、その後カルフォルニアで1年過ごし、5歳の頃また日本に戻り、その後は神奈川県で育ちました。

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5歳くらいの頃でしょうか、働きものでほとんど家にいない父親が突然「剛、飛行機作るか」と、竹ヒゴとろうそくとアルミのチューブを机の上に並べ出して。父が竹ヒゴを舐めて、ろうそくの火をあてながらカーブを作ったり、チューブで竹ヒゴをつないで、飛行機の形を作っていく過程にとても驚きを覚えました。それから、飛行機の模型作りに没頭するようになり。

 

大学時代は建築を勉強したのですが、机に向かって作業をする仕事が、自分の性格に合わない気がして、最初に就職したのは大手のゼネコンでした。モノづくりのプロセスに立ち会いたいという思いが強く、施工管理のセクションに入り、現場監督として4年間働きました。

 

当時はバブル前夜の好景気で、昼間は現場で、夕方事務所に戻ってからは図面を描いたり、事務作業をしたりと、月の残業が200時間を超えるような状況でした。4年働いて貯金もできたので、きっぱり会社を辞めて、1年間休みたいと思い1989年にニューヨークに渡りました。

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写真中 奥さんの楽膳家 塩山舞さん 写真右 息子の空くん

 

—ニューヨークでの生活について教えてください。

 

まずは、英語学校に通ったのですが、ニューヨークは物価も高く、1年を過ぎた頃には貯金も底をつき始め、日本に帰るか、ここで仕事を見つけるかという選択を迫られ、、、。そんな頃、運良くクラスメイトの紹介もあり、ブルックリンのウィリアムズバーグの大きな家具工場で働くことができることになりました。1990年頃でしょうか、当初は時給制で、床掃除や機械のメンテをするような暮らしがスタートしました。

 

そのうちに、簡単な家具作りの作業を振られるようになったのですが、元々手先が器用だったので、スイス人のオーナーに目をかけて貰え、半年後くらいには、プロジェクトも任されるようなポジションになっていました。

 

今でこそ話せるのですが、マンハッタンの高層ビルの40階にあるオフィスに会議テーブルを納品する時、エレベーターに入らず、形状的に切ることもできず、知恵を出し合いたどり着いた結論が、エレベーターの天井に乗せて運ぶという方法で。エレベーターケーブルに机をくくり、何人かがエレベーターの天井に乗り、ものすごいスピードで上階に引っ張られました。上からの轟音と風圧を感じ見上げると、カウンターバランスという10トンもあるオモリと、遮るものなくすれ違うというアクション映画のような体験をし、生きた心地がしませんでしたね。

 

その工場での経験がとても充実したもので、木工、家具作りを自分の天職にしたいという思いを抱きました。そのまま家具作りの道を歩みたかったのですが、当時、クリントン政権前の大不況まっただ中の頃で、働いていた工場が閉鎖されてしまうことになりました。

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Interview & Text YASUSHI FUJIO
Photo MOTOYA SAHARA

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