心に浮かぶ感情を、ひとつひとつの作品に込めて。
CANALIZE meets Mai Kurosaka 画家 黒坂麻衣

2019.01.11

広大な雪国の原風景

 

—小さい頃のことについて教えてください。

 

青森県の八戸市で生まれて3歳くらいまで過ごし、それから北海道の十勝に移りました。青森の記憶は小さかったのであまり覚えていないのですが、少し大きくなり祖父を訪ねた際に、栗林や海辺を歩いた記憶が残っています。

黒坂

十勝では、父の所属していた乗馬クラブに、週末に郊外に車で向かうと、突然鹿が道に現れたりするようなことがあったり。10歳頃には親の仕事の関係もあり、埼玉県に引っ越したのですが、そんな小さい頃に自然に触れた経験が、自分の作品を生み出す原風景になっているように感じています。

 

絵を絵描く事が大好きな子供で、当時スヌーピーを描いていたら、周りの友達が褒めてくれたり、美術の時間には、自分の絵のそばに人が集まってくれたりして。内向的で人付き合いが得意では無かった自分にとって、絵はとても大切なコミュニケーションツールでもありましたね。

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【ここではないどこか】

 

—美大志望だったのですか?

 

高校時代は美術部に所属したのですが、美大に進路を絞っていたわけではありませんでした。当時は他の部員の人や先輩、先生との交流を通じて現代アート、演劇、映画とか、表現というものに対しての視野を広げていたように思います。

 

私自身は美大という選択肢に余り積極的では無かったのですが、高校が美術科という環境だったり、両親が美大進学への後押しをしてくれたりしたこともあり、多摩美術大学絵画科に進学しました。

 

大学へは自宅から通っていたので、余りアルバイトなどに時間を割く必要もなく、図書館に通ったり、授業のための作品作りや、自身の作品作りに没頭した学生生活を過ごしました。

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—美大卒業後はどのようなお仕事を?

 

2008年大学卒業後は子供服のアパレルメーカーに就職して、イラストや図案などの制作をしていたのですが、拘束時間が長かったり、人間関係で馴染めないことも多く、体調を崩してしまい3年ほどで退社しました。

 

その後イラストの学校に通ったのですが、作風がイラスト向きではないと言われたり、他の人を例に出されてより個性的な作風を要求されたりして、あまり自分には向いていない環境のように感じました。それからは自宅で作品を作りに集中して、SNS等で発表するような生活に。自分にとっては、イラストという言葉より、タブローという表現の方がしっくりくるのですが、画家という意識を強く持ち作品を作り、そこから様々な領域で仕事ができればと考えるようになり。

 

そんな作品のいくつかに注目してくださる方がいて、運も良かったと思うのですが広告のイラストや、本の装丁などのお仕事をいただけるようになり、2013年にはADC賞入選、2014年にはJAGDA入選などの評価もいただき、アートワークとクライアントワークをバランスよく発表できるようになって行きました。

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Interview & Text YASUSHI FUJIO
Photo MOTOYA SAHARA

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