社会の流れによって変化を辿る
ファッション業界の今
――ブログ上で「トレンドでモノを買う時代でなくなった」とおっしゃっているのを拝見したのですが、今、人々は何を基準にモノを買っているのでしょうか?
「戦後、機械と流通形態が発達して、大量生産・大量消費型という資本主義消費社会が拡大していきました。同じものをたくさんの人に買ってもらうためには「流行」という要素が必要となり、結果として、どうすればモノが売れるかということばかりが考えられ、ファッションは暑さ寒さを防ぐものから、今これを着ることがかっこいいんだというエモーションや欲望に訴えるものに変わりました。2016年もまだその価値観の上にあると思います。そんな変化のなか、わずか50年の間にファッション全体の希少価値が減少し、今は流行をリードするのも買う側にあるようになったということが、ファッションがいま直面している転換点です。ファッションは大量に生産されて安価で手に入るようになり、ファッションリーダーはSNSでセルフィーを発信する“個人”になりつつあります」
――社会変化に伴ってファッションに対する価値観も変わっていったということですね。具体的な出来事としてはどのようなことが考えられますか?
「たとえば、1993年のグランジ登場以降はランウェイよりもストリートが面白くなってきた時代で、コレクションで服を発表する人たちでさえ、ストリートのことを気にかけ、ストリートの影響やヒントなしには服が作れなくなってしまったのが90年前半から半ばにかけてです。このとき、ファッションのパワーがひとつダウンして、その後、ファストファッションが台頭してきた結果、『これが今一番流行っていますよ』と訴えるモノを、大勢の人がかなりの安価で手に入れることができるようになりました。これはつまり、流行りのものを着ているということ自体の価値も下がっていったということなんです」
――ファッションリーダーについても、その担い手に変化が訪れているというお話しでしたが、なぜそのようなことが起きたのでしょうか?
「10年ほど前まではスタイリストだったりデザイナー本人だったり、いわゆる“セレブリティ”と呼ばれる人たちがその役を担っていましたが、ブロガーが生まれ、Scott SchumanのTHE SARTORIALISTやTommy Tomが人気となって以降、彼らに撮られる人々がその役目を担うようになりました。初期段階ではスコットやトミーの目を通して発信されていましたが、次の段階では撮られたい人は撮られるための服を着るようになり、今ではさらに状況が変わって、セルフィーして本人がSNSで発信してしまうからブロガーでさえ権威が減退してしまいました。しかし、こうなってしまえば、ただ自分がしたい格好をすれば良くて、もはや写真を撮られたいかどうかや流行っているかどうかは関係ないんです。だからオリジナルのスタイルを持つ人に好まれるものを我々小売りも提供すべきだと思うし、そういう人々が喜ぶものをつくり手がつくってくれればバイヤーも買いやすくなると思います」
――つくり手側は、オリジナリティの需要に応えて派手なモノをつくるようになった人と、本質を見極めながら自分のスタイルを貫いている人が拮抗してきたように思うのですが、この先、後者がフィーチャーされる時代は来るのでしょうか?
「希望的観測として。ただ、後者の人たちというのは自分たち自身も目立ちたいわけじゃないから、決して単純に目立つ服云々ということではなく、街でその人たちがつくったものを着ている人が『流行りと関係ない格好をしていてかっこいいよね』という捉え方をされるのだと思います。きっとまた、自分自身の価値観で着ていて格好良い、と思う人を撮ろうとするブロガーも出てくるのじゃないかな」
栗野宏文/Hirofumi Kurino
1953年生まれ、ユナイテッドアローズ クリエイティブディレクション担当 上級顧問。大学卒業後、鈴屋に1年ほど勤務した後ビームスへ入社。ファッションにおける経験と実績を積み、1989年にユナイテッドアローズの立ち上げに参画、数々の要職を経て現在に至る。ツイードをおしゃれに着こなし、街を自転車で楽しく走ることを目的とした『TWEED RUN TOKYO』の実行委員長。今年、Vogue.comにて「ファッション界で最もスタイリッシュなメンズ30人」のひとりにも選ばれている。
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