2016.05.23
CANALIZE meets Sakiko Hirano INTERVIEW
ファッション、アート、科学……
現代の食文化に広がる無限大の可能性
CANALIZE meets Sakiko Hirano
平野紗季子/Sakiko Hirano
1991年生まれ、フードエッセイスト。2014年慶應義塾大学法学部卒業。小学生から食日記をつけ続ける生粋のごはん狂(pure foodie)。在学中から食についてさまざまな視点で新たな発見をとらえたブログが話題となり、注目を集める。現在、an・an(マガジンハウス)にて『MY STANDARD GOURMET』、SPRiNG(宝島社) にて『現代フード女子図鑑』をそれぞれ連載中。昨年、「食べられないからこそ広がる新しい食欲」というユニークなコンセプトのもと、デザイナーやアーティスト、ミュージシャンらと共に伊勢丹でポップアップイベント『平野紗季子の(食べれない)フード天国』を開催。著書に『生まれた時からアルデンテ』(平凡社)がある。
新しい働き方、他ジャンルとの出会い、
進化し続ける食文化の今
――食文化でいうと、かつてはファストフードが生まれて、今度はスローフードに注目が集まって、今はなんか混沌としている感じがしているのですが、何か潮流のようなものは感じていますか?
「たとえば、食のファッション化という現象もあるし、思想で食を選ぶ人も増えていますね。オーガニックやビーガンの食材を選ぶのは、味云々以上に思想や生き方を食に投影するという動きなのだと思います。また全く切り口が異なる話ですが、最近飲食店の作り手の人たちと話していると、自分たちが楽しく働くことを大切にしているお店が増えてますね。人気のお店ほど、夏休みは一か月取ります。と言って看板を下ろして、その間に世界中を食べ歩いてパワーアップして帰って来る。というような。いわゆる職人修行的に、20年間一日も休みはありません! ずっと卵焼き焼いてます! っていう世界で生まれる食文化も素晴らしいですが、今はすごく自由に、風通しよく、あらゆるカルチャーと結びつきながら食の世界を広げていくシェフやお店に強い関心を抱いています」
――今の話は、なにか新しい流れを感じますね。そういう意味で、どこか注目しているお店はありますか?
「代々木公園に新しくPATHってお店ができたんですけど、すごくおしゃれで、なんかもうブルックリンの風が吹いてるんです。朝からやっていて、挽きたてのコーヒーと手作りのクロワッサンが食べられて。昼はカジュアルなブランチにビオワインなんて使い方もできて、夜はガストロノミックなコースも味わえる。なんというか食の総合格闘技(笑)的なお店なんです。カフェでありレストランでもあり……。そして料理がすごく美味しいんですよ。で、よくよく聞くとそこのシェフとパティシエさん、それからソムリエさんも、とても有名なフレンチの星付きレストランで修行されてきた方たちで。そんな本物の味を作るセンスと技術を持った人たちが、同じように高級なレストランではなく、自分たちの好きな音楽とインテリアに囲まれた居心地のいい店を作っている……っていう新しい店のあり方に、『スタンダードが更新される瞬間だぁ!』って感動しました(笑)。何より、働いている人たちがみんな楽しそうで。彼らは、飲食店っていうものに対して興味を持ってくれる人をもっと増やしたい、こんなに楽しい仕事なんだっていうことも伝えたい、っておっしゃってました」
――まったく違うジャンルの人が食の人と繋がりたがっている話もよく聞くのですが、平野さん自身もファッションからのアプローチが増えてますよね。その辺について何か思うところはありますか?
「たぶん、食の分野はまだまだこれからもっと進化すると思うんですよ。まだ誰も出会ったことのない味わいもどんどん生まれていくだろうし。食べ物って、“最後のアナログ産業”とも言われていて。どんなに世界がグローバル化して繋がったとしても、そこに行かないと絶対に食べられない超アナログでローカルなものが必ず残っている。私はこの前、シンガポールに行ったんですが、現地の食堂でシンガポールおでん的な不思議なソウルフードを食べて異文化の味わいに感動したんです。で、そのあとタクシーに乗ったら、リアーナが流れていて、街の景色は気づけばヴィトンやZARAが立ち並んでいて、なんだかこんなに遠くに来たのに表参道と一緒だなってつまらなく思えた。音楽やファッションは世界的に均一化されやすいですが、食は固有性が強く、そう簡単に混ざり合わない。どこでも同じ、ではなく、そこに行かないと体験できないっていう強い引力が生まれやすい。そういう意味で、近年アパレルショップがカフェやレストランを併設した店を作ったりすることの理由も見える気がします」
――BEAMSの青野さんとの対談であったり、伊勢丹でのポップアップストアであったり、平野さんが食とファッションの媒介になっている気がします。今日お持ちいただいたのはシアタープロダクツとコラボしたスカーフですよね。
「田園調布にローザー洋菓子店っていう可愛いお店があって、私、そこのロシアチョコレートの包み紙が大好きなんです。で、その包み紙をいつも大事にしまっていたんですけど、こうやって箱の中で眺めて死蔵してるんじゃなくて、一緒に街に出られたらいいなあと思っちゃったんです。だったらスカーフやハンカチにすればいいじゃないか! ってひらめいて 、お菓子屋さんとシアターさんに相談を持ち掛けて制作することができました。そしたらあっという間に売り切れてしまったんです」
――平野さんはファッションに興味がないようであるというか、不思議な感じですね。
「たまたまチョコレートの紙包みがスカーフだったらいいな、と思っただけで普段の日常生活では、ファッションを楽しむこと自体結構苦手です(笑)。食だったら、『私が好きなものはこれです、別に誰がなんと言おうと関係ありません!』っていう軸がはっきりあるけど、ファッションは流行に流されて消費するってことをずっと続けてきて。だから、なにかをいいと思う基準が自分の内側にないんです。でも、やっぱり20年くらい生きてくるとそうやって買い物を続けていること自体が苦しくなってくる。以前、リトゥンアフターワーズの山縣さんとファッションの対談させていただいたんですけど、山縣さんの服には、“人類として生きる”みたいな強さを感じて、瑣末なファッションの悩み事を吹き飛ばされるような思いでした。“生きるってなんだ”とか“人のおかしみ”みたいな壮大なもの。そういうものが服に表れていてとても魅力的だな、と。とはいえ自分が袖を通せるかどうか、というのはまた別の難しい問題なんですけど」